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出会いの結果

全員でビールを飲みに行っているあいだ、熱気がこもる車内に午後じゅう置き去りにされてしまったのである。 何時間も経ってようやく思い出してもらった時、シービスケットは脇腹を下にして横になり、しあわせそうに眠っていた。
こんなにもリラックスした馬を、誰も見たことがなかった。 Fはこの馬を「大きい犬」、すなわち自分が調教を担当したなかで、いちばんのんびりした馬として記憶することになる。
たっぷりすぎるほどの休息をのぞくと、シービスケットが真剣になる時はただひとつ、食事だけだった。 この馬は食欲旺盛で、いつもなにかを口にしていた。

シービスケットは確かに気のいい仔馬だったかもしれない。 だがその走りは、これ以上ないほど遅かった。
調教の併せ馬にはほとんどついてゆけず、のんきな顔で、はるか後ろをのろのろと走っていく。 いくら調教を重ねても、向上する兆しはいっさい見えなかった。
「あいつの世話を任された男たちは誰も、やれる限りのことはやった」とFは語っている。 「といってもさすがに、寝坊助のあいつを朝から走らせることはできなかったが。
わしはとにかく、あれは走れない馬だと思っていた」だがやがてFは、もしかしたら自分はこの馬を見損なっていたのではないかと思いはじめた。 シービスケットが調教でいっさい汗をかかなかったからかもしれないし、ひと筋縄ではいかない知性を暗示する、目の輝きのせいだったのかもしれない。
「ちっちゃいのにあいつはフクロウ並みに頭がよかった」とFはふり返っている。 「気味が悪くなるぐらいおとなしく、いうこともよくきいた」。
彼はこの馬が、実は父親並みに気性が荒く、だが単にやり口がずっと巧妙なだけなのではないか、と疑問に思うようになった。 父馬が猛り狂ったのに対し、シービスケットはどこか・・おもしろがっているように見えた。

「わしが思い浮かべたのは、ほんとうは歌えるくせに、こっちがそう仕向けないと、絶対に歌わない烏だった」と彼は語っている。 Fは歌うように仕向けた。
わしはシービスケットをだますことにした。 おまえにはだまされんぞということを証明するために、と彼は説明している。
ある朝、当歳馬を全部集め、400メートルの走行訓練を2セットずつやらせていた時、彼はシービスケットを、殿舎でもっとも速く、のちに大きなステークスレースでも勝利するファゥストと組ませた。 彼はシービスケットに乗る騎手に、鞭の代わりに使う板切れを探してくるように命じた。
この指示は、ジョッキーが鞭を使うことを厳しく禁じるFの方針と完全に食い違っていた。 サラブレッドは本能的に競争心の強い生き物で、無理強いしなくてもつねに全力を出すものだ、というのが彼の持論だったのだ。
騎手時代のあるレースで、Fは本命のジョッキーが鞭を落とし、思わず自分をののしる言葉を吐くのを聞いた。 すると彼はそのジョッキーに自分の鞭を手渡し、あとは手綱と声だけで自分の馬を操って、みごとに勝った。
だがシービスケットはどんなになだめすかしても、全力で走ろうとしなかった。 そのためFは、この馬が自分をあざむいているのかどうかを確かめるために、鞭を使わないという自分の基本原則をあえて曲げてみたのである。
まちがってもシービスケットを傷つけることのないように、Fはジョッキーに平べったい板を選ばせ、脇腹以外は打つなといいふくめた。 「できるだけファウストにぴったりくっつけるようにしろ」彼はジョッキーにそう指示したと回想している。
「一ロンで何回打てばいいか確かめたい」Fは、ファウストについては御の字だと思っていた。 ファウストに勝機はなかった。
枝で何度となく打たれたシービスケットは、ファウストに圧勝し、2ハロンを22.25秒という信じられないスピードで走り抜けた。 当歳馬の記録としては、おそらく史上最速だろう。
1930年代に比べ、数秒スピードが速まっている現在のトラックでも、この調教タイムは飛び抜けて速く、成熟した馬にもめったに出せるスピードではない。 この烏は、確かに歌えたのだ。

「これで、あいつが走らなかった理由がわかった。 走れなかったからじゃない。
走る気がなかったからなんだ」。 Fは、自分がハードタックの凶暴さと同じくらい悩ましい問題に直面したことを知った。
病的なまでの怠け癖、「あいつは怠け者だった.恐ろしいほどの怠け者だった」と彼はしみじみふり返っている。 シービスケットは、見栄えのしない小さな身体にハードタックのスピードが息づいていることを証明した。
だがそれがわかったからといって、この馬が調教に精を出すわけではなかった。 のちには否定しているが、どうやらFは、鞭は使わないという大原則を、シービスケットに関しては無期限で撤回していたとおぼしい。
「トラックに出す時は、いつも決まって鞭を使った。 手控えなしで」と本人も一度認めている。
「そうしないと、だらだら走るだけだ」。 馬の走りは向上したが、それでもまだまだ調教不足で、万全とはいいがたかった。
垣間見せてくれた可能性を完全に開花させるには、ハードなスケジュールで走らせる以外にない。 Fの考えはそういう結論に達した。

それも、半端でなくハードなスケジュールで彼の理論はこうだ。 ほかの馬よりたっぷり休んでいるのだから、そのぶん無理もきくに違いない。
それに並はずれて頭がいい馬だから、限界に達すれば、自分からペースを落とすだろう。 Fがもっと早熟な馬たちの指導にあたるあいだ、アシスタントのF・Jに預けられたシービスケットは、信じられないほど過酷なスケジュールの調教を開始した。
サラブレッドは生まれた月にかかわりなく、生まれた年によって年齢の階級に分けられる。 一月一日が来ると、たとえ生まれたのが11月や12月であっても、馬たちはすべて、ひとつ上のクラスに上がるのだ。
シービスケットは遅生まれで、1933年の5月末に誕生していたため、35年1月、実際の誕生日の半年近く前に2歳馬と認定され、正式に出走が可能になった。 1月19日、シービスケットはフロリダのハイアリア競馬場で、初めてのレースに出た。
結果は4着。 有望馬がひしめくホイートリー厩舎では、決して目覚ましい成績ではない。
3日後、シービスケットはわずか2千500ドルの値で、売却競馬に出された。 その値段でも買い手はつかず、今回も入着しなかった。
するとF・Jはシービスケットを地方巡業に出すことにした。 シービスケットは東海岸を南北に行き来しながら、13箇所の競馬場で、格付けの低いレースに出走した。
時にはレース間隔が、2日しかないこともあった。 結果は16戦16敗。

フロリダとロードアイランドのあいだにあるありとあらゆる競馬場で、シービスケットは低い値をつけられて売却競馬で走らされたが、買い手はまったくつかなかった。 時おり、ハードタックのスピードがよみがえることもあった。
17回目の出走で、理由は不明ながら、若駒はついに勝ちを収め、驚異的なタイムを記録した。 4日後、またレースに出た馬は、コースレコードを破った。
売却競馬の出走馬としては、前代未聞の偉業である。 だが好調は長続きせず、すぐにまた、最下位ランクの馬群に埋もれてしまった。
シービスケットはさらに数か月、重い足取りで走る。

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